教師のキャリアは「今あるもの」から動き出す
失敗を材料に変え、仲間と未来をつくるエフェクチュエーションという実践思考
今あるものを生かす
失敗を前向きにとらえる
仲間を募る
監修:島岡未来子『未来への扉 アントレプレナーシップ入門』
神奈川県立保健福祉大学 大学院ヘルスイノベーション研究科
この三つの言葉を読んだとき、肩の力が少し抜けました。
新しいことを始めようとすると、私たちはまず「足りないもの」を探します。
もっと知識が必要だ。
資格を取ってからのほうがいい。
人脈がない。
時間がない。
自信がない。
十分な準備ができてから始めようと考えているうちに、何年も経ってしまうことがあります。
しかし、人生の新しい一歩は、完璧に準備されたところから始まるとは限りません。
今の自分が持っているものを確かめ、小さく動き、失敗から学び、必要な人とつながる。
その繰り返しから、未来は少しずつ形になっていきます。
未来は「予測するもの」だけではない
この考え方を知ったきっかけは、リクルート発行の『Career Guidance』455号でした。
特集は「未来につながる失敗学のすすめ」。
そこで紹介されていたのが、「エフェクチュエーション=effectuation」という考え方です。
エフェクチュエーションとは、今の自分がすでに持っている知識、経験、能力、人とのつながりを使って行動し、その過程で新しい目標や機会をつくっていく考え方です。
未来を正確に予測し、その未来から逆算して完璧な計画を立てる。
それとは少し違います。
先が読めないなら、読めないなりに始める。
動いた結果を見ながら、次の方向を決める。
予測できない未来を恐れるのではなく、自分の行動によって未来に働きかけていく。
それが、エフェクチュエーションの特徴です。
教師は「足りないもの」から考えすぎる
教師は、準備を大切にする仕事です。
授業には指導案が必要です。
行事には綿密な計画が求められます。
生徒指導では、起こり得る問題を予測しておく必要があります。
そうした仕事を長く続けていると、新しい挑戦に対しても、事前に正解を用意したくなります。
十分に勉強してから発信しよう。
資格を取ってから講座を開こう。
もっと実績ができてから学校外の活動を始めよう。
退職して時間ができてから、セカンドキャリアを考えよう。
しかし、未来の準備が完全に整う日は、なかなか来ません。
知識が増えれば、知らないことも増えます。
経験を積めば、失敗への怖さが消えるとは限りません。
完璧になるまで待っていると、動き出す時期だけが先送りされます。
今あるものを生かす
漫画に描かれていた最初の言葉は、
今あるものを生かす。
でした。
これは、妥協するという意味ではありません。
自分の現在地から始めるということです。
教師には、すでに多くのものがあります。
毎日、人前で話してきた経験。
難しい内容を分かりやすく伝える力。
生徒や保護者の話を聞く力。
集団を動かす力。
文章を書く力。
物事を整理し、順序立てる力。
トラブルに対応し、関係者を調整してきた経験。
教師にとっては日常的な仕事でも、学校の外から見れば価値のある能力です。
ところが、教師自身はそれを特別なものだと感じていません。
「教師しかしてこなかったから、外では通用しない」
そう思い込んでいる人もいます。
けれども、何年も教室に立ち、人の成長に関わってきた経験が、何の価値も持たないはずはありません。
必要なのは、新しい能力をゼロから手に入れることではなく、すでに持っている経験を別の文脈で見直すことです。
手持ちのカードで、最初の一歩をつくる
自分の手持ちのコマでいい。
隣の芝生をうらやむ必要はない。
発信力のある人を見ると、自分にはフォロワーが少ないと思う。
講師として活動している人を見ると、自分には実績がないと感じる。
新しい資格を取った人を見ると、自分も何かを身につけなければと焦る。
しかし、他人の手持ちのカードと、自分のカードを比べても意味はありません。
大切なのは、今あるカードで何ができるかを考えることです。
たとえば、これまでの授業実践を短い文章にしてみる。
校内で行った研修を、外部向けに整理してみる。
自分が苦労して身につけたことを、若い教師に伝えてみる。
興味のあるテーマについて、小さな勉強会を開いてみる。
noteやSubstackで、経験を言葉にしてみる。
小さな行動で構いません。
最初の一歩が小さいほど、失敗したときの損失も小さくなります。
失敗を前向きにとらえる
二つ目の言葉は、
失敗を前向きにとらえる。
です。
学校教育では、失敗を避けるための準備が重視されます。
授業が予定どおり進むように考える。
行事で事故が起きないように確認する。
生徒が間違えないように手順を示す。
もちろん、安全や学習を支えるために必要なことです。
しかし、失敗を避ける力ばかりが強くなると、新しいことへ挑戦しにくくなります。
発信して反応がなかったらどうしよう。
講座を開いて誰も来なかったら恥ずかしい。
新しい授業を試して失敗したら、生徒に申し訳ない。
そのように考えて、動けなくなります。
けれども、行動しなければ、何がうまくいかないかさえ分かりません。
失敗は、能力がないことの証明ではありません。
次に修正すべき場所を教えてくれる情報です。
コケたら、未来に近づいたと考える
最初から成功することなんてない。
コケたら「成功が一歩近づいた」と考える。
この捉え方は、教師のキャリアにも必要です。
初めて書いた記事が読まれなかった。
企画した勉強会に人が集まらなかった。
新しい授業が、想像したほど盛り上がらなかった。
学校外の活動に挑戦したが、自分には合わなかった。
それでも、何も得られなかったわけではありません。
どのテーマでは反応がなかったのか。
自分は何を続けたいのか。
誰に届けたいのか。
どの方法は自分に合わないのか。
行動したからこそ、次の判断材料が手に入ります。
失敗を避け続ける人より、小さく失敗し、小さく修正できる人のほうが、結果的に遠くまで進めます。
仲間を募る
三つ目の言葉は、
仲間を募る。
です。
教師は、一人で抱え込むことに慣れています。
自分の授業は自分で何とかする。
自分の学級の問題は自分で解決する。
仕事を頼むと、相手に迷惑をかける。
困っていると知られるのは、教師として恥ずかしい。
そのような意識が、知らないうちに身についています。
しかし、新しいことを一人だけで始める必要はありません。
何でもひとりでやろうとしなくていい。
これだけいろんな人がいるんだから。
文章が得意な人。
企画が得意な人。
デザインが得意な人。
人をつなぐのが得意な人。
新しい技術に詳しい人。
自分とは違う経験を持つ人。
誰かと組むことで、一人では思いつかなかった可能性が生まれます。
仲間を募るとは、完成した自分に協力者を集めることではありません。
未完成のまま、「一緒に考えてくれませんか」と声をかけることです。
人とのつながりが、目標そのものを変える
最初は、明確なゴールがなくても構いません。
行動を始め、人と出会うことで、目標そのものが変わることがあります。
記事を書き始めたら、同じ課題を持つ教師と出会った。
勉強会を開いたら、別の学校から声がかかった。
自分の経験を発信したら、学校外でも役に立つと分かった。
一人で考えていたときには見えなかった未来が、人とのつながりによって開いていきます。
キャリアは、自分一人の計画だけでつくられるものではありません。
誰と出会い、誰と話し、誰と一緒に試したか。
その偶然の積み重ねによっても形づくられます。
学校は「正解のある未来」を教えすぎる
学校教育では、目標を最初に決め、そこへ向かって計画的に進むことが重視されます。
良い成績を取る。
希望する学校へ進学する。
資格を取る。
安定した仕事に就く。
明確なゴールを持ち、努力することは大切です。
しかし、人生には、最初から正解が分からない場面のほうが多くあります。
思っていた仕事が自分に合わない。
家族の状況が変わる。
体力や関心が変化する。
新しい技術によって、働き方そのものが変わる。
そのとき、最初に決めた目標だけにこだわれば、かえって身動きが取れなくなります。
未来を決めてから動くのではなく、動きながら未来を考える。
この考え方は、変化の大きい時代を生きる生徒にも必要です。
そして、その考え方を伝えるためには、教師自身が実践している必要があります。
教師のキャリアも「効果的な実践」でつくる
教師のキャリアについて考えるときも、完璧な計画を立てようとしすぎないことです。
10年後に何をしているか、正確に決める必要はありません。
今の自分にできることから始める。
小さく試す。
反応を見る。
失敗したら修正する。
一人で難しければ、仲間を探す。
その繰り返しが、キャリアをつくります。
発信を始める。
研修に参加する。
学校外の人と話す。
興味のある資格について調べる。
小さな仕事を試す。
自分の経験を棚卸しする。
それぞれの行動は小さくても、積み重なると方向が見えてきます。
キャリアは、最初から完成した設計図を描くものではありません。
実践しながら更新していくものです。
人生は、考えてから動くのではない
私たちは、十分に考えてから動こうとします。
しかし、考えているだけでは得られない情報があります。
実際に書いてみなければ、自分が何を書きたいのか分かりません。
人前で話してみなければ、何が伝わるのか分かりません。
学校の外に出てみなければ、自分の経験がどう評価されるのか分かりません。
考えて、やってみて、また考える。
その繰り返しによって、自分が望むものが少しずつ見えてきます。
最初の考えが、行動によって変わっても構いません。
むしろ、変わることが自然です。
未来は、最初から正しく選び取るものではなく、試行錯誤しながらつくるものだからです。
人生は思ったより短い
人生は思ったよりも短いものです。
いつか時間ができたら。
退職したら。
もっと自信がついたら。
十分な準備ができたら。
そう考えているうちに、挑戦できる時間は少しずつ減っていきます。
だからこそ、いつも次の言葉を思い出したいと思います。
今あるものを生かす
失敗を前向きにとらえる
仲間を募る
完璧な自分になる必要はありません。
今の自分で始める。
うまくいかなければ、やり直す。
難しければ、誰かと一緒に進む。
学校教育ではあまり教えてくれないかもしれません。
しかし、人生には確実に効く考え方です。
そして、これからの教師に必要なのは、正解を多く知っていることだけではありません。
正解のない状況で、自分の手持ちを使い、試し、学び、人とつながれることです。
人生の本質は、考えて、やってみて、また考えること。
「効果的な実践」を繰り返しながら、自分の未来をつくっていくことなのだと思います。



